アリスの娘たち〜  フレイ/永遠の時とともに

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「………As Time Goes By…」
ジャスのメロディーに乗せた歌声が、照明を落とされた一画にこだまする。
ウェーブのかかった長いオレンジ色の髪に明るい緑色の瞳。胸元の大きく開いた
デザインの暗赤のドレス着た"アリスの娘"の一人が歌っている。
1週間だけのクラブが、夜の食堂で開かれていた。
船内では、人類が地球で暮らしていたころの文化を再現するという目的で、様々な
イベントが催されていた。とはいえ、老朽船の維持に必要なギリギリの人口では、
あまり大掛かりで人手のかかるイベントはめったには開かれない。しかし、主催側
としては準備にあまり手間がかからず、利用側としては個々人が思い思いに楽しめ
る人気のイベントとして、数ヶ月に1度は行われていた。アルコールを含む軽い飲食と
音楽、ゲーム、そして着飾った"娘"たちとの会話。ともすれば単調になりがちな船内
に潤いを与える、夜の憩いの場だった。
今宵のホステスはフレイとフローラ、アヤカとアヤノの4人の"娘"たちが勤めていた。

歌い終えたフレイが、カウンターに腰掛ける。
「編集長……、じゃなかった。マスター、水割りね」
ホストスタッフは船内娯楽誌の編集部員たちが勤めていた。編集長は臨時クラブの
マスターとして、カウンターで客に出す飲物を作っていた。一日の作業を終え、訪れる
客の中には酔って暴れたり、娘たちに絡んだりとトラブルを起こす者もいる。
そうした場合に場を収めるのがマスターの本当の役割だった。増設されている監視ユ
ニットを通して、普段よりもアリスが細かく注意を向けてはいたが、小さなトラブルを
穏 便に済ませるには、人の手が必要であり、臨時マスターの編集長はその手の手腕が
長けていた。
「また飲むのかい?さっき中和剤を飲んだばかりだろう?」
「歌うために飲んだのよ。どうせ直ぐに誰か寄ってくるから、飲んでおきたいのよ」
アルコールは気分を高揚させる。フレイとっても例外ではなかった。
普段はアリスが割り振る伽の相手だったが、クラブにいる間は「合意があれば
いつ誰と寝てもいい」そういう暗黙の了解があった。だから男たちはこの時とばかり
に娘たちを口説き、ひとときの交わりを獲ようとするのだった。したくなければしなく
てもいい……でもフレイは抱かれるのが嫌いではなかった。
フレイには"7艶(いろ)のフレイ"というあだ名があった。"娘"たちにはそれぞれ個性
があったが、特にその特徴が際立っている"娘"には、半ば公然と呼ばれるあだ名が
あった。男を絡めとる2本の脚、巧みな愛撫で翻弄する2本の腕、二つの豊かな乳房、
そして快感の絶頂へと導く秘所。それが"7艶"の由来。そしてフレイをそんな体に作り
上げた人物がいた。

「相変わらず。歌だけは苦手みたいだな」
「教授!どうしてここに?!」
「来てはいけないかね?」
「いえ、そんな……。お久しぶりです」
フレイは体が疼き、期待で胸が膨らんでいくのを感じていた。
彼こそが不感症だったフレイの性感を目覚めさせ、セックスを愉しむアリスの娘として
完成させた人物だった。性転換中に起きたトラブルで失われた、フレイの快感中枢系
を再生し、薬剤を用いて丹念に脳との関連付けを続けたのだ。
教授はフレイが生まれる前から、科学技術部のリーダーを務める天才で、アリスのメ
ンテナンスを始め、船内のさまざまな機器の研究開発を取り仕切っていた。だからこそ、
性転換装置のプロである伝助医官にもできなかった、難問を解決できたのだ。

「久しぶりだな。元気かね?」
「はい、教授は?お加減が良くないとは聞いていましたが」
「まあ、ぼちぼちだな」
「あの……」
「わかっている」
「では、こちらへ……」

フレイは教授を控えの部屋へ招いた。臨時のクラブである食堂のすぐ隣には、伽を勤
める為 に用意された部屋があった。普段でも待ち合わせに使われることの多い食堂区
画だったから、利便性の上からも"それ"専用の部屋が元々用意されていた。
部屋に入るなり、フレイは教授に抱きすがった。
「教授、お薬。……薬をください」
薬……フレイの性感を目覚めさせた薬。性転換直後の敏感で繊細な感覚が最も高めら
れる時期にあって、年上の姉の執拗な調教にも反応することの無かった快感を目覚め
させた"媚薬"。今のフレイには、劇薬に近いため、扱いを心得ている教授からしか与
えられない薬。それはどんな性技でも味わうことのできない、"自分が壊れて行く感覚"
をフレイにもたらす、極上の快感を与える薬だった。
「ああ、用意してある。でも、これが最後だぞ」
「最後でもいいです。私を壊して!」
教授はカプセルを口に含むと、口移しでフレイに与えた。教授はフレイの快感を高
める方法を熟知していた。フレイは恍惚とした表情で教授のキスを受け入れ、一刻
も早く効果を得ようと、カプセルを噛み砕いた。
「……苦い」
「こんなに淫乱な娘になりおって……」
「教授が、私をこんなにしたんです。お忘れですか?」
「そうだったな。後悔してるか?」
「いいえ。それが私の、今生きている理由ですから。教授が下さったんです、私の人生……」
この船では誰もがそれぞれの役割を持っている。性感の無い……伽を勤めることの
できない"アリスの娘"など何の価値も無い。口に出す人はいなくても、フレイはそう
思い詰めていた。フレイは自分の居場所が無くなるのではないかという不安に押しつぶ
されそうになっていた。だからこそ"廃人になるかもしれない"というリスクを犯してでも、
教授に救いを求めたのだった。

「いつもみたいに、抱きしめて下さい……」
劇薬だけに、効き始めに強い不安感と孤独感がフレイを襲う。
その間は体を震わせながら、誰かにすがっていなくてはとても耐えられない。
教授はフレイを強く抱きしめ、少しでも不安感を和らげるために、オレンジ色の髪を優しく
なでていた。やがてフレイは全身の皮膚がピリピリとして、体の奥底からジンジンと熱く
なって行く高まりを感じていた。
フレイの体の震えが納まっていくのを見て取った教授は、フレイをベッドに移す。
「脱がせるぞ。照明は消さないからな」
「はい、教授の好きなようにしてください」
教授はわざと乱暴にフレイのドレスを剥ぎ取る。教授はいつも殊更にフレイを乱暴に扱う。
それは"治療"を施していた時のことを思い出させる。強い刺激と被虐感が、フレイの心と
体を翻弄し、性感を目覚めさせるのに効果的だったからだ。もちろんフレイだって、ただ
乱暴に扱われるのは嫌だった。そのために性転換したとはいえ、単なるオモチャとして、
弄ばれるだけの存在では悲しすぎる。しかし教授は、乱暴なだけではなかった。無愛想で
はあったが、フレイのために心を砕き、何の知識も持っていなかったフレイに、様々な知識
と技術を教えてくれた。それは例え伽が勤められなかったとしても、それ以外で生きて行く
だけの意味を、フレイが見出せるようにしてくれたのだった。教授は、粉々に打ち砕かれて
いたフレイの心と身を再構成し、生きる術を教えてくれた神であり、全てだった。
教授の手で素肌を晒されていくフレイは、前に会った時よりも白髪の増えた髪を見つめながら、
出会ったばかりの頃を思い出していた。

「……感じない?」
「ええ、このコ。どんなことをしても、気持ちよくならないみたいなんです。触れられたり
するのは 解るみたいなので、神経がやられているわけじゃない見たいなんですけど……」
「ふむ、伝助医官のファイルによれば、身体的には何の問題もなさそうだがな……。
では服を脱ぎたまえ」
「今ここで、ですか?」
フレイをかばうように姉が問い返す。
「ああ、そうだ。下着も全てとって全裸になるんだ」
「でも、他にも人が……」
「別に君が脱ぐわけじゃない。その子を治したいんだろう?」
姉は心配そうにフレイと教授を交互に窺う。
(お姉さま困ってる。私の顔を見てる……。みんなに心配ばかりかけている、私は悪いコなんだ……。
せめて言われたことぐらいは……)
フレイは意を決して、やわらかい素材でできたブラウスを脱ぎ、はいていたキュロットも脱いだ。
下着といっても、まだほとんど膨らんでいないフレイの胸には必要がなく、上着を脱いだフレイ
は小さな布1枚しか身につけていなかった。フレイは未発達の自分の体を、初対面の教授に晒す羞
恥心で顔を赤くしていた。
「……下も取るんですよね?」
「ああ、もちろんだ。感じないんだろう?」
「ええ、でも……」
デビュー前の"娘"の裸体など、そうそう見れるものではない。好奇心に駆られた他の研究員たちの
視線が、フレイに突き刺さってくる。フレイは、怯えるように震えながら、最後の一枚に手をかけた。
しかし自然と涙が出てきて、それ以上手が動かない。
不意に立ち上がった教授が着ていた白衣を脱ぎ、フレイに頭の上からかけた。
「もういい。羞恥心はあるようだな。別の部屋へ行こう」

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